まみずハルカブログ

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地元愛への羨望と対策【福岡に住んでみて思ったこと】

 

こんにちは、まみずハルカです。私は、大学入学時に福岡県に引っ越してきました。その時に感じた「地元愛」について書いていこうと思います。

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私は自分の地元がどこにあるのかよくわからない。今まで何回も引越しをしてきたからだ。一方、引越しをしていない人にとって地元愛は少なからずあるだろう。特に、地方の方は余計に地元愛が強いように思う。

 

福岡県に住んで初めに感じたことは。ソフトバンクホークスの広告が街中を埋め尽くしていたことだった。おそらく、その時期に大きな試合でソフトバンクホークスが活躍したことが原因だったのだろう。バスの広告からビルに掛かっている広告までソフトバンクホークスばかりだった。ファッションビル内にもホークスのユニフォームを着た店員さんがいるくらい、盛り上がっていたのだ。それに伴って、セールも行うのである。私は、今まで野球に興味がなかった。それは、周りの友人で野球に興味がある人は圧倒的少数派だったからだ。そのため野球の話題が友人同士の日常会話で出てくることはなかったのだ。しかし、福岡県民は違う。当然のようにホークス戦の話が出てくるのだ。(その度に、話についていけないのだが…)

 

地元を代表するのは野球に限らない。お祭りだ。福岡では、山笠やどんたくが街の中心地で行われる。地元の人は神輿を担いだり、祭りの出し物に参加したりしているようだ。毎年の行事で、「生活」に祭りが根付いている感覚がした。私はせいぜいどんたくの出し物の下手可愛いアイドルのダンスを見物するくらいである。

 

ここで、私が小さい頃に行ったお祭りを思い出してみる。出店が並び、真ん中に簡易的な構造物がありその上に太鼓が置かれていた。それを取り囲んで、盆踊りをしている人がいた記憶がある。地域の人たちが集まってやるお祭りだ。しかし、このお祭りと山笠には歴然とした差がある。地元愛の大きさの違いである。おそらく私の幼少期に住んでいたところは、地元に根付いた人がそこまで多くはなかったのではないかと思う。地方よりは人の流れが激しい所と言えるのかもしれない。それゆえ、特徴のないお祭りだった。一方、山笠は博多でしか見られない特徴的な祭りと言える。つまり、「その祭りの感覚」は他で味わうことができない唯一無二の行事なのである。そして、私のように他県から来た人は「山笠」も「ねぶた祭り」も同程度のものなのである。地元の祭りがあるだけで、地元愛は強力になるだろう。

 

このような地元愛を持つ人を私はとても羨ましく思う。戻ってきて、自分を受け入れてくれる土地があるだけで安心感があるはずだからだ。私は、福岡に来て4年が経つが福岡県民になった気がまるでしない。「仮住まい」感が否めないのである。心のどこかで、この場所は私が一生住みつく場所ではないと思っているからかもしれない。地元で生まれ育ち、地元の友達が近くにいてジモトークをするのはもう私には不可能なのである。きっと共通認識の事象があって、共感を得やすい環境なのだろう。無理して、外に出なくても満足に生きられるというのは強いと思う。もちろん一人になった時の脆弱性は肥大するかもしれないが、一人にならなければいいだけの話である。

 

地元に根付いていない私がこれに対抗する手段は一つしかない。たくさんの地域に住むことである。そして、そこの人たちの生活を体感したり、文化を見て比較することである。多くの文化を知って、達観した気分になるしかないのである。自分には感じることのできない強力な地元愛の存在を羨望しながら。ここで、「強力な地元愛」と書いたが私にも「ある程度の地元愛」はある。10年間住んだ都市や8年間住んだ都市に関してはある程度の地元愛はある。おそらく、福岡を離れたら福岡に対しても愛着を持つはずである。

 

今後も大好きな旅行と引っ越しを繰り返し、「愛着を持てる地域」を増やしていきたい。

 

では、また〜