まみずハルカブログ

私の日常もあなたの非日常。とにかく雑多に書いてます。

人生の中で一番嫌いになった人って誰だろう

こんにちは、まみずハルカです。

 

ふと「最近、人を嫌いになることが減ったな」と感じました。

「苦手な人だな」と思うことはありますが、

猛烈なほどの嫌悪感を持つことがなくなりました。

これは、「人は人、自分は自分」と考えるようになったからだと思います。

これから先もこの考えは変わらないのかなと思います。

 

となると、、、

「人生の中で最も嫌った人」というのは、

既に私の人生の中に現れているのではないか!ということなんです。

(哲学みたいになってきたぞ。)

 

過去を振り返ると、嫌いになった人のことは容易に思い出せます。

私の場合、一番となると、そうですね・・・

私の場合は、小学6年生の時の担任ですかね。

ここで、その人の愚痴を書くのは的外れなので書きません。

が、恐らく私の人生の中で一番嫌っていたと思います。

 

では、なぜ昔の担任を「一番嫌いな人」認定してしまうのでしょうか。

分析してみましょう。

 

子供は未熟であるので、他人を自分のことのように感じてしまうと思います。

「人は人、自分は自分」というより共感力が優っているのだと思います。

だからその分、他人に対して反発力が出てくるのです。

他人の考えや行動を理解しようと頑張るが、理解できない

そんなフラストレーションが積もって、「嫌い」という感情に変わるのかもしれません。

 

子供から大人になることは、ある意味「人に無関心になる」ということかもしれません。自分には理解できない人が現れたとしたら、さっと目を背けて関わらないようにする。これは、あまりにも寂しい世の中ですね。

 

奇しくも、

人を嫌う感情が盛んだった子供時代の方が他人に関心のある温かい世の中

だったのかもしれません。

 

また、自分の周りにいる人の数も原因と考えられます。

子供の行動パターンは、朝起きて学校に行き家に帰って寝ることだと思います。

中には、習い事に行く人もいます。

しかし、社会人と比べて「出会ってきた人」の数が圧倒的に少ないです。

つまり、それだけ目の前にいる人の重要度が高いのです。

 

大人は伊達に長く生きていないので、出会ってきた人の数は多いです。

つまり、次に会う人というのは過去に出会った人との比較対象になるのは必然です。

そこで無意識に目の前の人をランク付けします。

この「人間サンプル」が多ければ多いほど、

「ずば抜けた感情」を持てるような人に出会うのが難しくなります。

「一番嫌い」「一番好き」と強烈に思えることが減っていくはずなのです。

 

例えば、サンプルが2つしかないとするとその違いは感じやすいです。

サンプルが10個あったとすると、最高のものと最低のものに距離があったとしても

その中間には8つの存在があります。つまり、両者を際立たせにくくするのです。

そして、このサンプルは自分の時代によって明確に分けられます。

小学校時代・中学校時代・高校時代・大学時代・社会人時代

それぞれの時代で分けた時、サンプル数の少ない時代に出会った人間の方が

記憶が鮮明なはずです。

 

結論、「強烈な人」というのは既に出会っている確率が高いということです。

もちろん、例外はあります。

 

また「今現在の事柄」は、なにより一番鮮明なので

今嫌いな人がいる場合はその人が「人生で一番嫌いになった人」と思ってしまいがちです。しかし、数年後時間を置いて振り返った時にそう思えるとは限らないと思います。

 

以上、最近の哲学でした笑

 

では、また〜