まみずハルカブログ

私の日常もあなたの非日常。とにかく雑多に書いてます。

どうして人は未熟なものに魅力を感じるのか

こんにちは、まみずハルカです。

 

巷では、「イケメン苦手〜」と豪語する女子や

「前髪くるん小柄女子」好きな男子があふれています。

これは、人間の「未熟なものに対しての親近感」による趣向なのではないかなと思います。

 

多くの人間は「自分自身を未熟なもの」と感じているはずです。

(本来、人間は年をとるほど成長するものです。だから、現時点の自分を「成熟している者」と判断する人は少ないと思います。自分を完璧と思っている人は相当の猛者ですね。)

 

そして、他人を見る時はまず外見で判断します。

容姿が優れている人に対して、「中身も完璧な人」と脳が錯覚するのです。

つまり、自分とは違う世界の人と位置づけるのです。

これにより、敬遠してしまう人が増えてしまうのではないでしょうか。

私の場合、外見で拒否反応を示すことは減ったと思っています。

しかし、やはり未熟なものへの魅力は避けられないなと感じます。

 

例をご紹介しましょう。

私は、とあるアーティストが好きでした。

その情熱的でかつ魂で歌っている感じが良かったからです。

このリアルさが儚さを持ち、「ダサかっこいい」と私は思っていました。

 

しかし、時が経つにつれてそのアーティストは世間から認められるようになりました。それと、並行して本来の情熱的なものが明らかに薄れてしまいました

つまり、歌詞も歌のスタイルも悪い意味で洗練されてしまったのです。

ここで、「洗練」という言葉を使いました。

一般受けする聴きやすい音楽はすべて洗練されている部類に入ります。

メジャーデビューをすると高音質な音楽設備を使うことでしょう。

自ずと、未熟で粗い音楽は生成されなくなります

 

私のように未熟な音楽が好きという人はたくさんいます。

「インディーズバンドの方が良かった」「素人時代の方が良かった」との声をよく聴きます。ジャニーズヲタクであれば、「ジュニア時代の方が良かった」というのかもしれません。ロリコンも未熟さの魅力から来る趣向なのでしょうか。

 

いづれにしても、未熟さは真っ向から「綺麗」と言えないものの、

人に訴えかけるものがあると思います。

未熟さから「人間らしさ」を感じることができ、共感できる部分が多いのです。

綺麗なだけのものは「崇拝すること」しかできません。

(完全降伏ですね)

それは、神と信者のように「対等な関係とは言えない関係」になるのです。

対象が未熟なものであることは、「自分と対等」と捉えることができ

その対象の中に自分を見て、他人とは思えなくなるのではないでしょうか。

 

私の好きなアーティストや女優さんあるいは芸人さんは、

いづれ完璧な人はほとんどいません

しかし私にとって、とても魅力的に映るのです。

 

みなさんの好きなものは、「崇拝型のもの」ですか。

それとも、「未熟なもの」ですか。

 

 

では、また〜